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14/3/11

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 僕がインタビューした日比谷線で通っているサラリーマンは自嘲的に笑いながら、「誰かがわざわざサリンを撒くまでもなく、この電車で死人が出ないこと自体が不思議なくらいですよ」と語った。
それくらい激しく混んでいるのだーーまさに≪殺人的≫に。ある場合には、息をすることも出来ない。
戸口近くでのラッシュアワーの押し合いで、腕の骨を折った人もいる。ひとりの女性は通勤電車でよく立ったまま眠るのだと語った。乗り込んでから降りるまで、殆ど身動きしないでいいから。
「それはまるで戦争なんです」と一人のサラリーマンは述懐した。
「そして、それを我々は毎朝毎朝、週に五日、定年を迎えるまで三十年以上続けなくちゃならないんです」

「苦しくありませんか?」と僕は尋ねた。
彼は顔をわずかに歪めた。苦しくないわけはないだろう、とその顔は語っていた。
でも彼はそれをあえて口には出さなかった。それを口に出すと、自分の中でおそらく何かが崩れてしまうからだ。
そのかわり彼はこう言う、「いいですか。≪みんなが≫それをやっているんです。僕だけがやっているわけじゃない」。

それが僕らの国だ。
どれだけ日本が経済的繁栄を数字の上で誇っていても、社会を構成する「普通の人々」が、それにふさわしい豊かな生活を自分たちが手にしていると実感することは難しかった。それはどれだけ近づいても、常に遠ざかっていく砂漠の蜃気楼に似ていた。
だからこそ彼らは自らが安易に社会化されることに対して「ノー」と言わないわけにはいかなかったのだ。
「≪みんなはそれをやっている≫かも知れないけれど、私はそれをしたくない」と。

問題は、社会のメイン・システムに対して「ノー」と叫ぶ人々を受け入れることの出来る活力のあるサブ・システムが、日本の社会に選択しとして存在しなかったことにある。
それが現代日本社会の抱えた不幸であり、悲劇であるかも知れない。

— (村上春樹著『村上春樹雑文集』P202)

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